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10月16日(水)鹿児島−山口 | ||||||||||||||||||||||
SAで寝た。 車中泊はこの旅二回目。 めっちゃくちゃ寒かった。 毛布だけでなく、上着もかけていた。 それでも6時間は寝ただろうか? それなりにすっきりしている。 さあ、九州を脱出しよう。 5時間くらいぶっ通しで運転して九州を抜けた。 九州は高速が通っているから早い。 北海道横断は長かった。 北海道は高速道路があんまり通ってない。 北海道横断の山越えのところは苦労した。 四国地方に入った。 四国は山口県萩へ。 有料自動車道で150円のところ、130円しかなくて、しかも1,000円札なくてあせった。 車降りてオロオロしてしまった。 でも係りの人が両替してくれた。 | ||||||||||||||||||||||
吉田松陰記念館。 萩と言えば長州藩。 この旅の目的のひとつ、土佐藩、薩摩藩、そして長州藩、幕末の雄藩である。 ワタシは長州が一番スキである。 長州が雄藩として幕末に活躍したのはこのお方「吉田松陰」の思想が始まりなのだ。 司馬遼太郎の「世に棲む日日」も読んだぞ。 この記念館は松陰の生涯を蝋人形で再現してくれる、無料なのにかなりよい記念館だった。 | ||||||||||||||||||||||
今日は長州巡りじゃー。 次は松陰神社。 | ||||||||||||||||||||||
松陰神社。 吉田松陰が祭られている松陰神社。 なんと松下村塾がある。 松陰が門弟を指導した小さな塾である。 この塾から長州藩の幕末は始まったのだ。 高杉晋作、久坂玄瑞、入江九一、吉田稔磨、伊藤博文、山県有朋、井上馨などが松下村塾出身である。 これだけの逸材がひとつの塾から傑出したのは奇跡である。 早すぎた天才は安政の大獄で打ち首となるが、その意志は塾生に引き継がれる。 そして維新は成るのである。 有名な松陰の時世の句 「身はたとひ 武蔵の野辺に朽ちぬとも 留め置かまし大和魂」 | ||||||||||||||||||||||
同じく萩は萩城城下町に行き車を止めて闊歩する。 | ||||||||||||||||||||||
木戸孝允旧宅。 桂小五郎である。 幕末だけでなく明治の政治家としても活躍。 西郷隆盛、大久保利通とともに維新三傑と呼ばれる。 | ||||||||||||||||||||||
高杉晋作旧宅。 時世の句「おもしろきこともなき世を(に)おもしろく…」 奇兵隊の祖であり、のちの陸軍となる。 坂本竜馬、土方歳三とともに幕末三傑と呼ばれる。 | ||||||||||||||||||||||
今日は萩に泊まりましょう。 飛び込みで聞いてみると4,000円のホテルを発見、ここに決定。 オイラの部屋は「高杉晋作の間」 晋作も結構スキだからいいけど。 他には吉田松陰、品川弥二郎、大村益二郎、久坂玄瑞、高杉晋作、毛利輝元、前原一誠、伊藤博文、木戸孝允、桂太郎、村田清風、坂本竜馬の部屋がある。 竜馬以外は長州? 共同ブロに入る。 お、体重計があった。 計ってみたら70kgちょうど。 あー、3kgも痩せてるー。 やつれたんか? 出掛ける。 いいもん食いたいな。 ふぐ食いたい。オイラはフグを食べたことがない。 でもそれらしきお店はない。 ふぐって下関だけなのかな? ほかほか弁当にする。 面白味のねえ晩メシになってしまった。 | ||||||||||||||||||||||
鹿児島→山口 走行距離:410km
※ 高速代はハイウェイカードを使用。 ※ ホテル代はチェックイン時に払う場合と、チェックアウト時に払う場合とがある。 今回は前金1,000円を払った。 |